「麻原を処刑せよ」と発言し、アレフ(オウム主流派)を先月除籍された元アレフ代表の野田成人君とサイゾー編集長の仕切りで一昨日面談した。それが対談記事になるのかは、分からないが、彼とはかなりの時間話をした。「麻原を処刑せよ」という発言は麻原の呪縛を自ら断ち切った行為として、認識できるし、オウムとは自力で決別したということで、勿論、私の著書も多数読んだ上での決断だったと理解した。

無論、一連の凶悪事件には関わってはいなかったとは言え、教団で最高レベルの正悟師となっており、また上祐の後の教団代表という立場だった人物であり、また、事件後の教団を指導的に運営してきたという社会的責任は免れるものではない。ただ、彼のような人物が、オウムと決別した以上、アンカーの発動などで、再び麻原に呪縛されることがないように指導するのも私の重要な仕事のひとつだ。

オウムと決別した野田君は彼なりに、ホームレス救済を対象とした社会企業を立ち上げたいそうだ。一生元オウムというレッテルはついて回ることは間違いなく、例え、本当に公益性のある仕事であったとしても、それを社会がそのまま受け入れることはまずないだろう。それでも、彼が言うには収益はオウム被害者への賠償金に彼なりに充てたいという。

そういう彼の決心を後押しするつもりと、オウムには戻れないという事実を明確にするためにも彼の肩に手をまわし写真を撮った。私は麻原の最大の敵であり、実際、私がU正悟師を脱洗脳した後には、K正大師やS正悟師など古参幹部が、続々オウムを離れ、破壊的な打撃を教団に与えたことは、やはり教団を離れた麻原四女からも先の対談で聞いた。

オウムの教義では、私のような敵に身体を触られる行為は、「カルマがうつる」といって、後戻りできないタブーだからだ。オウム現役信者と彼の無意識にとって、彼はオウムに戻ることは有り得ないという明快なメッセージとなる写真を撮ったのだ。

その写真が野田君のブログに上がったのが昨日の早朝。そして、午前中にはヤクザが二名私の会社にやってきた。私は現在も出張中で不在だが、会社のあるビルの管理室や、ビルの出入り口などで、「苫米地はオウムだ」、「オウム企業を許すな」などと大騒ぎしたということだ。

社員が110番通報したが、警察が到着する前にヤクザ達は立ち去ったそうだ。野田元教団代表のブログに私とのツーショット写真が出たことが引き金であることは間違いない。

ブログに上がって数時間後にはヤクザがやってきているのでタイミングが早すぎる。ヤクザは野田君のブログを見張ってはいない。オウム並びに元オウム幹部のブログなどを常にウォッチしてるのは、公安警察だ。彼らの誰かが発見し、何物かがヤクザを煽動したのだろう。もちろん糸を引いている人物達はほぼ特定出来ているつもりだが。

来年3月末で、オウム信者だったK元巡査長が国松警察庁長官を狙撃した事件が時効となる。私がKの消されていた記憶を回復し、彼が狙撃犯であることを示す事件の詳細を明らかにして10年以上立つ。その間公安警察は強硬にKシロ説を取り続け、クロ説であった警察官はことごとく飛ばされたか、スキャンダルで潰されている。もちろん、私もこの10年、ありとあらゆる私の社会的信用を潰すための攻撃や事業を妨害する攻撃を受けてきた。特に今年に入って、Kの当時していたメガネやコートから硝煙反応が得られたデータがリークされたりして、クロ説を社会が有力視する状況下、来年の時効に向けて、シロで強硬突破すべく、にわかに私への攻撃がまた増加している。昨日、野田君のブログをウォッチしているはずのないヤクザが「苫米地はオウムだ」などという嫌がらせをしてきたのは典型的だ。

私はこのような脅しには屈しない。早速、威力業務妨害などでの刑事告発をするつもりだし、公権力を自らの保身の為に利用することを決して許さない。