定理27 無明起行定理
Avijjāpaccayā saṅkhārā――涅槃寂静の未達から志向的形成作用へ
概要
十二縁起の冒頭句「無明に縁りて行が起こる」を、定理26の動的寂静に接続して数理化する。定理26が成立する体系内で、現在状態が時変集合族の一要素である零残余苦価値集合 𝒩⊤(t) に属さないことを、本体系における「操作的無明」と定義する。行は生命活動一般ではなく、実際の制御アクチュエータを介して未達残差を厳密に減少させる、モデル相対的な志向的形成作用として定義する。
条件26-AのLyapunov不等式だけから直接従うのは、寂静未達時の正のLyapunov残差下降率である。それを主体の行へ帰属させるには、自然ドリフトと実制御入力を分離する条件27-Aがさらに必要である。この条件のもとでは、無明時に方策が選択する志向信号とその実効状態作用が非零となる。寂静集合内では無明条件付きの正の横断寄与は消える一方、身体・脳・評価・フィードバックの接線方向の活動は存続できる。
1. パーリ語原典句と本定理の射程
パーリ語の定型句は avijjāpaccayā saṅkhārā であり、「無明を条件として、行が生じる」と読まれる。saṅkhārā は複数形であり、本稿ではBhikkhu Bodhiによる広く用いられる英訳 volitional formations に対応させて「志向的形成作用」と読む。
ただし、パーリ語原典における avijjā は、苦・苦の生起・苦の滅・滅に至る道を知らないこととして説明される。またSN 12.2は saṅkhārā を身体的・言語的・心的な行の三種として定義する。本定理はこれらの全語義を単なる集合非所属や一つの制御成分へ還元しない。以下の Avijjā27 は定理26の数理体系におけるモデル相対的・操作的な無明であり、Saṅkhārā27 はパーリ語原典上の三種全体と同一ではなく、指定閉ループにおけるモデル相対的な無明条件付きアクチュエータ寄与である。
2. 定理24・26から継承する構造
抽象度束を 𝕃、最高抽象度を ⊤(空)とする。定理24の型付き永久零苦命題 PZS(a,x,T) は、「ある許容方策が、x(T)=x から非負評価 Va=0 をLebesgueほとんど至る所で永久に保つ」ことをいう。
定理26では、生命活動が維持される前向き不変集合 ℬalive⊂X⊤ と、全初期対で同時に最適な単一のBorel可測Markovフィードバック π⊤0 のもとで、
を零残余苦価値集合族とした。条件26-Aにより、𝒩⊤(t) は非空・閉・前向き不変であり、ある c1,c2,λ>0 と時変Lyapunov関数 W⊤ について、
D+tW⊤(x(t),t)≤−λW⊤(x(t),t)
が成立する。また定理24と定理26を合わせた式(26.3)により、空未満では PZS が成立せず、最高抽象度では PZS(⊤,x,T)⇔x∈𝒩⊤(T) である。
基盤についての注記(Mini13). 本稿は TomabechiFourDharmaSealsMini13 を基盤とする。同書の定理26は単一の条件26-A(零苦集合と安定性)で与えられ、その内容として、二次の挟み込み (26.A)、厳密下降 (26.B)、および残余価値の距離による連続限界 (26.C) の三式を含む。本稿が用いるのは (26.A) と (26.B) のみであり、(26.C) は不要である。𝒩⊤(t) の閉性は、連続な W⊤ の零集合表示 𝒩⊤(t)=ℬalive∩{x | W⊤(x,t)=0} から従う。永久零苦命題は Mini13 第13節(定理24)の述語であり、本稿では PZS と略記する。定理24と定理26の合成(空未満で永久零苦は不可能、a=⊤ では PZS(⊤,x,T)⇔x∈𝒩⊤(T))を、本稿では (26.3) として引用する。
本定理は条件26-Aが成立しない場合を扱うのではない。条件26-Aが成立する系において、現在状態がまだ 𝒩⊤(t) に属さないことを「涅槃寂静の未達」と呼ぶ。定理26の仮定自体が失敗しているなら、式(26.A)・(26.B)を用いた以下の結論は導けない。
3. 操作的無明と行の定義
3.1 型付き操作的無明
型を混同しない状態領域を
とする。任意の (a,x)∈𝔛27 と T≥0 について、本体系の型付き操作的無明を
と定義する。式(26.3)から直ちに、
最高抽象度でのLyapunov無明残差を
とする。(26.A)および 𝒩⊤(t) の閉性により、x∈ℬalive では
Ign27(x,t)>0 ⇔ Avijjā27(⊤,x,t).
3.2 Lyapunov残差下降率
π⊤0 の閉ループ軌道 x(t) に沿い、t↦W⊤(x(t),t) は各コンパクト時間区間で局所Lipschitz連続であると仮定する。このとき右上Dini微分は有限であり(したがって t↦W⊤(x(t),t) は各コンパクト区間で絶対連続であり、ほとんど至る所で微分可能である)、Lyapunov残差下降率を
と定義する。Des27(t)>0 は、軌道が同一の無明残差準位に留まらず、残差を厳密に減少させることを意味する。この段階では、減少を主体の行へ帰属させない。
3.3 実アクチュエータによる行の定義
X⊤⊂ℝn、U⊂ℝm とし、関連領域の制御系は実際のドリフト f0 と実アクチュエータ写像 G(x,t)∈ℝn×m を用いた制御アフィン系であるとする。
指定入力 u0 と同じ入力空間に値を取る、独立に固定された許容な基準フィードバック utr(t,x) が存在するとする。これを生命維持・時間変化・寂静集合内の接線運動を含む基準入力とし、
F⊤tr(x,t):=f0(x,t)+G(x,t)utr(t,x)
と定める。W⊤ は軌道を含む開近傍で時間・状態について C1、軌道 x(·) は絶対連続で上の閉ループ方程式をほとんど至る所満たし、Gη27 は可測・有限値とする。さらに基準閉ループだけでは残差準位を変えない、すなわち
が軌道近傍で成立するとする。これにより Gη27 は、自然ドリフトを恣意的に再命名した量ではなく、同じドリフト・同じ実アクチュエータのもとで指定入力と基準入力を比較した実効状態作用となる。
条件27-Aのもとで、Lebesgueほとんどすべての時刻における本モデルの行を
と定義する。これはパーリ語原典上の行一般ではなく、無明残差の減少へ正に寄与する実アクチュエータ成分の存在を表す。
4. 定理27――無明起行定理
定理26の常設仮定(特に π⊤0 の存在と全初期対での同時最適性)、条件26-A、および3.2の局所Lipschitz正則性のもとで、π⊤0 の任意の閉ループ軌道と任意の時刻 t について、
⇒ Des27(t)≥λIgn27(x(t),t)≥λc1dist(x(t),𝒩⊤(t))2>0. (27.6)
したがって、涅槃寂静が未達である限り、無明残差は指定閉ループ上で厳密な下降率をもつ。この最高抽象度の結論に条件24-Aは不要である。条件24-Aが必要なのは、(27.2)の空未満の枝である。
さらに条件27-Aが成立するなら、Lebesgueほとんどすべての時刻で右上Dini微分と通常の軌道微分が一致し、
Avijjā27(⊤,x(t),t) ⇒ −∇xW⊤TGη27>0
⇒ Saṅkhārā27(x(t),t) ∧ η27≠0 ∧ Gη27≠0. (27.7)
また、無明が成立する時刻において、ある定数 L27>0 に対し ‖GT∇xW⊤‖≤L27 なら、
逆に、ある T で x(T)∈𝒩⊤(T) なら、
−∇xW⊤TGη27=0 (Lebesgueほとんどすべての t≥T). (27.9)
ここで零となるのは無明条件付きの正のアクチュエータ寄与であって、η27 自体や、生命活動・評価作用・最適フィードバック・寂静集合内の接線運動のすべてではない。η27 には接線成分または G の核成分が残りうる。
したがって最高抽象度の指定閉ループ上で、第一の同値は全時刻、第二の同値は条件27-Aのもとでほとんどすべての時刻に成立する。
Avijjā27(⊤,x(t),t) ⇔ Saṅkhārā27(x(t),t) (a.e., 条件27-A). (27.10)
Avijjā27(⊤,x(t),t) を仮定する。(27.2)より x(t)∉𝒩⊤(t)。集合は閉であるから距離は正であり、(26.A)から
次に(26.B)の両辺へ負号を掛けると、
これが(27.6)である。この段階では自然ドリフトによる下降も含みうるため、まだ行とは呼ばない。
条件27-Aのもとでは、u0=utr+η27 と連鎖律により、ほとんどすべての時刻で
局所Lipschitz関数はほとんど至る所微分可能であり、その点では右上Dini微分と通常の微分が一致する。したがって無明時には −∇W⊤TGη27≥λW⊤>0。行の定義から Saṅkhārā27 が成立し、η27≠0 かつ Gη27≠0 である。さらにCauchy–Schwarz不等式から
よって(27.8)が従う。
最後に x(T)∈𝒩⊤(T) なら、前向き不変性により全 t≥T で x(t)∈𝒩⊤(t)。(26.A)から軌道上の W⊤ は恒等的に零であるため、その右上Dini微分は全時刻で零である。条件27-Aの連鎖律を加えれば実アクチュエータの残差寄与もほとんど至る所で零となる。これが(27.9)であり、二つの場合を合わせれば(27.10)が従う。∎
5. 数理的解釈と厳密性
⇒ 正のLyapunov残差下降率
+ 実アクチュエータ帰属(条件27-A)
⇒ 非零の志向的形成作用(行)
(最高抽象度の指定閉ループ上、条件27-Aのもとで a.e.).
5.1 方向は「寂静から離れる方向」ではない
式(26.B)を継承する指定方策 π⊤0 のもとでは、W⊤ は減少する。したがって本定理が直接証明するのは、寂静未達時の零残差へ向かうLyapunov下降である。「無明だから必ず寂静から遠ざかる」とは証明しない。部分情報下の方策が誤ったLUBへ向かう可能性は定理20・21の射程に属し、別の観測・信念モデルを要する。
5.2 行は全活動の停止を意味しない
定理23により、寂静にあっても生命―環境完全状態は変化しうる。定理26により、評価関数と π⊤0 も作動し続ける。式(27.9)が零とするのはLyapunov残差下降率と、無明に条件づけられた正のアクチュエータ寄与だけである。寂静集合内を動く接線成分、生命維持、他者への応答、自由意思容量を消去しない。
5.3 定理26だけでは制御入力非零まで言えない
−D+tW⊤>0 は、残差が厳密に減少することを示す。しかし、その減少を直ちに主体の制御入力へ帰属させることはできない。条件27-Aは、同じ自然ドリフト f0 と同じ実アクチュエータ G のもとで、指定入力 u0 と基準入力 utr を比較する。これにより、志向信号 η27 の結論を実入力差へ型付けする。
ẋ=−x、許容入力集合 U={0}、V⊤(x)=x2 とすれば、J⊤,ρ*(x)=x2/(ρ+2)、𝒩⊤={0}、W⊤=x2、Ẇ⊤=−2W⊤ であり、定理26型の厳密下降を満たす。しかし実入力は恒等的に零で、下降は自然ドリフトだけによる。条件27-Aでは u0=utr=0 なので Gη27=0 であり、基準場について要求される(27.A2)は零集合外で成立しない。したがって、この系から行は結論されない。
5.4 空未満への拡張
(27.2)により、条件24-Aを満たすすべての空未満の状態は型付き操作的無明に属する。ただし、各層で瞬時の非零制御を結論するには、その層のLyapunov関数と条件27-Aに対応する実アクチュエータ帰属が別途必要である。定理24の正の残余価値だけから、毎瞬の制御入力非零は導かれない。
6. 記号と依存関係
| 記号 | 意味 |
|---|---|
| Avijjā27 | 現在の型付き初期対から永久零苦を保てる許容方策が存在しないという、本体系の操作的無明 |
| Ign27=W⊤ | 最高抽象度におけるLyapunov無明残差 |
| Des27 | Lyapunov残差下降率 −D+tW⊤。単独では行を意味しない |
| u0, utr, η27 | 指定最適入力、独立に固定された基準入力、および両者の入力差 |
| Gη27 | 実アクチュエータを介した入力差の実効状態作用 |
| Saṅkhārā27 | −∇W⊤TGη27>0 で定義される、モデル相対的な志向的形成作用 |
| 依存 | 定理27で用いる内容 |
|---|---|
| 定理24・条件24-A | (27.2)の空未満の枝:永久零苦不能と正の最適残余価値 |
| 定理26の常設仮定・条件26-A((26.C)は不要) | 最高抽象度の指定方策、零残余苦価値集合、閉性・前向き不変性、Lyapunov挟み込みと厳密下降 |
| 3.2の正則性 | Dini微分を有限の残差下降率として定義 |
| 条件27-A | 残差下降を、実アクチュエータを介する指定入力と基準入力の差へ帰属 |
7. 結論
本体系では、涅槃寂静の未達を型付き操作的無明として表すことができる。最高抽象度で零苦不変集合の外にある状態は、条件26-Aにより正のLyapunov無明残差と厳密に正の残差下降率をもつ。条件27-Aを加えると、その下降へ正に寄与する実アクチュエータ上の志向信号は非零である。したがって、明示したモデル内で「無明に縁りて行が起こる」に対応する条件付き含意が成立する。
同時に、寂静は物理的静止でも全行為の消滅でもない。消えるのは無明に条件づけられた正の残差寄与であり、生命と自由の接線的・関係的活動は存続しうる。本定理はパーリ語原典句のモデル理論的対応を与えるものであり、パーリ語原典上の無明・行の全語義を証明または尽くすものではない。これが定理26の動的寂静と両立する定理27の最小形式である。