今週末から始まるドクター苫米地ワークスの12月クラスのカリキュラムにある、リカピテュレーション(Recapitulation)という言葉が耳慣れない方が多いようで、質問がいくつか来ていましたので、少し書いてみます。

 

Recapitulation(recap)の概念は催眠現象に対する観察としては、フロイトの時代からある概念ですが、ミルトンエリクソンにおいては、過去のトランスの想起とそれを利用した働きかけのテクニックとして完成されています。心理学的な見方では例えば、父親に似た男性に興味を持ったり、両親の自分に対する態度と同じ態度を自分自身の子供にとったり、逆に父親の主義と真っ向から反する選択をする、といったこともrecapの例として語られますが、ミルトンエリクソンの見方では、これらのすべての出来事に自然なトランスが介入していると考えます。従って、こういった出来事に関わらず、過去の出来事、特にトラウマ的な出来事の想起をトランス下で行なうテクニック並びにそれらに働きかけた過去のセッションのトランス状況そのものを、速やかに再現する、また将来させることもrecapのテクニックになります。過去のトランスを未来のトランスで操作するといってもいいかも知れません。

 

 例えば、PTSDなどで使われるトラウマという概念は、過去の心的な傷として捉えられますが、この傷つき方そのものにもrecapが関わっており、また、当然、それへの働きかけにもrecapのテクニックが重要であると考えます。例として、大地震で自宅が崩壊したりして、PTSDを負った場合、伝統的な精神医学的な見方では、大地震で自宅が崩壊するという強い精神ショックを受けたことによって、心が傷ついた、(そして恐らく脳も機能的な障害を受けた)と考えます。ミルトンエリクソンの見方では、常に双方向性の心的作用とそのrecapとして見ますので、例えば、大地震で自宅が崩壊するという出来事で、PTSDになる人とならない人の差にも注目します。例えば、仮説として、PTSDになった人は、無意識のレベルで、大震災が来てしまった土地に住むという選択をした自分自身の自己イメージにも責任を感じるなりのマイナスの心的作用を持っている可能性もあります。単に家が崩壊したというトラウマティックな事実の認識に加えて、自己責任部分を無意識が心的作用に導入しまうことにより、recap が起きると考えます。大地震は二度と来ないのですから、一度経験して、それが過ぎ去ってしまえば、その臨場感はどんどん過去に行き薄れているのにも関わらず、PTSDになるからには、なんらかのrecap が起きているからと見ます。自分がそういう選択をする人間であるという自己認識が継続していたとすれば、震災という出来事はどんどん過去に去っても、その自己イメージの自己は継続しているわけですから、その痛みを常に現在にする無意識の働きがあると仮説化できるわけです。もちろん、震災のPTSDは色々なメカニズムがあると思いますが、こういった双方向性でみるのが、ミルトンエリクソンのrecapの例です。

 

同様に、米国などで多い、父親にレイプされた少女が大人になってもPTSDとして苦しむのは、子供の時の父親の行為ですから、子供にとって、親は常に正しい側にあるわけですから、過失は自分にあるという無意識の働きがあったとすれば、その自己イメージがrecap されることにより、現在でもトラウマとして障害を引き起こすというモデルで分析できるわけです。Recap は、トラウマのみならず、我々の日々の無意識の選択に深く関わっていると考えられます。これに対する働きかけと、さらに術者側の働きかけそのものを、現在、未来にrecap していく働きかけのテクニックもRecapitulationと呼んでいます。ミルトンエリクソンはこれらの技術を見事に芸術といえるまでのレベルまで昇華させています。もちろん、Recapitulationは、精神医学以外にも色々な応用が可能であるのは、いうまでもありません。また、シャーマニズムの世界でもRecapitulationは、色々と利用されています。これらについてもクラスでは学ぶ予定です。